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【第5回目】 こころ元気ですか? (宮崎日日新聞 2009年1月~4月毎週火曜日連載)

【第5回目】

こころ元気ですか?(宮崎日日新聞 2009年1月~4月毎週火曜日連載)

 

 職場のメンタルヘルスを語る時に「3A」というキーワードがあります。  一つ目の「A」は「アブセンティズム~いなくなる」です。遅刻とか欠勤とか早退が多くなる。こういう場合、単に「怠けている」とか「体が弱い」と考えるのではなく、精神的な不健康状態を反映している場合が多いと考えられています。

 「こころ元気ですか?」と聞かれて皆さんはどう答えますか。うつ病にかかっていない、アルコール依存症ではない、統合失調症や神経症、認知症でもない。これも一つの答えかもしれませんが、こころの健康の概念は広く、このような病気がなければ健康という訳ではありません。

 統合失調症という病気がありますが、患者さんの中には障害を受容し、無理せずその人なりにバランスの取れた生き方をしている人がいます。認知症の患者さんにも毎日を笑顔で過ごしている人がいます。たとえ病気があってもこころが健康な人は大勢いるのです。

 1998年に世界保健機関は健康の定義としてフィジカル(身体的)、メンタル(精神的)、ソーシャル(社会的)な健康に加え、スピリチュアル(適訳がない)な健康を追加することを提案しました。このことに私は大きな意義を感じています。私には生き方や価値観にかかわるスピリチュアリティこそ「こころ元気ですか?」に最もふさわしいキーワードだと思えるからです。

わかっちゃいるけど やめられない

 アディクションという言葉をご存じでしょうか。英語の辞書を引くと「おぼれること、耽溺(たんでき)、惑溺」とあります。昔、「わかっちゃいるけどやめられねぇ」という歌詞のある歌が大ヒットしましたが、これはアディクションを端的に表しています。アディクションは決して新しいものではないのです。

 アディクションにはいくつかの種類があります。一つめは物質関係のアディクション。代表はアルコールで、ほかにも覚せい剤・シンナー・大麻などのドラッグ、ニコチンやせき止めシロップ、精神安定剤・睡眠導入剤などの向精神薬の乱用・依存があります。二つめは行為・行動面のアディクション。ギャンブルやリストカット、過食おう吐、児童虐待やDVなどの暴力、買い物依存、万引、仕事中毒などがこれに当たります。三つめは少し分かりにくいかもしれませんが人間関係へののめり込みで、他人から依存されることに依存する共依存があります。

 これらはいずれもこころの健康に深く関係したものばかりです。

アルコール依存症

 Aさんは三十代半ばのサラリーマン。仕事では誰にも負けたくないと残業も苦にせず頑張っていました。しかしささいなことで上司にしかられ、急に自信をなくしました。そんな時、飲酒すると妙に気持ちが楽になるのです。徐々にAさんの飲酒量は増えましたが、本人はそれに全く気が付きません。その訳はアルコールには耐性があり、飲酒量が増えても次第に酔わなくなってしまうからです。

 間もなくAさんは検診で肝障害を指摘され、お酒を控えるよう指導されました。しかしビール一本と思っていても、飲み始めるとつい飲み過ぎてしまうのです。奥さんも心配して注意するのですが、Aさんは聞く耳を持たず、そのうち「おれが稼いだ金で飲んでどこが悪い」と怒鳴り返すようになりました。こうしてAさんは休みの日は朝から飲むようになり、頑張っていた仕事も二日酔いのため休みがちになりました。自分でもマズイと分かっていましたがどうしようもありません。シラフのままでは不安で仕方なかったのです。

 飲酒してほろ酔い加減になるのはとても心地よいものです。嫌なことが忘れられる、不安が軽くなる。そんなことからアルコールは手軽で即効性のあるストレス対策として重用されてきました。

 アルコールの薬理作用は脳をマヒさせることです。ほろ酔い加減は実は脳が少しマヒした状態なのです。確かにストレス対策としては有効ですが、消極的で悪循環的なものであり、問題の解決につながるどころか、新たな問題が次々に起こってしまいます。

 Aさんの肝臓は既にボロボロです。会社も休みがちになり仕事を失うかもしれません。奥さんもAさんに愛想をつかして家を出て行くかもしれません。しかしAさんは飲酒を止めることはできません。飲めば飲むほど不安はさらに強くなり、この不安を振り払うためにまた飲んでしまうという悪循環に陥っており、Aさんにとってアルコールはもはや何にも替えがたい必要不可欠なものになっていました。既にAさんはアルコール依存症になっていたのです。

 アルコール依存症はアルコールを飲み続ける限り徐々に進行し、死に至る病です。平均死亡年齢は五十二歳という報告があり、肝臓病などの身体的な病気による死だけでなく事故死や孤独死も多く、さらに自殺が多いことも分かっています。

 その進行過程で肉体的な健康はもちろん、仕事や家庭、社会的信用、そして人としての健康的な価値観など多くの大切なものを失います。「おれが稼いだ金で飲んでどこが悪いか」と言うAさんは、Aさんを気遣う奥さんよりもむしろアルコールのほうに価値を見いだしており、さらに「酒をやめるくらいなら死んだほうがマシ」と言い始めれば、それは自分の命よりもアルコールに価値があると思っているのです。

 このようなアルコール依存症からの回復にとって何が必要なのでしょうか。意志が弱いからとはしばしば言われることですが、アルコールに対して意志が働かないのはアルコール依存症の症状そのものであり、その人のもともとの性格とは全く関係ないのです。

 アルコール依存症から回復するためには、アルコール依存症は病気であると自覚する必要があります。しかしこれは容易なことではありません。アルコール依存症の患者さんは否認をするからです。

 Aさんの「おれが稼いだ金で飲んでどこが悪いか」をはじめ「やめようと思えばいつでもやめられる」「誰にも迷惑を掛けていない」などはよくある否認で、「営業は飲まないと仕事にならない」「仕事がきついから」「家庭がうまくいっていないから」というのも否認です。仕事や家庭がうまくいかないのは、実は飲酒が原因になっていることが圧倒的に多く、いったんアルコール依存症が走り始めると、飲む理由を探すようになるのです。

 このような問題を解決するためには問題を感じている家族や友人、職場の上司・同僚などが専門家に相談に行き、本人への適切なかかわり方を学び実践していくことが極めて有効です。動ける人から動くというのが、アルコールをはじめアディクションに関する解決の第一歩になります。

 アルコール依存症の中核症状は飲酒コントロールの喪失です。そのため節酒はなかなか困難で断酒が必要な場合が多く、この断酒を継続するためには専門的な医療サービスを受けるほかにも、地域の断酒友の会やAAといった自助グループに参加することが大きな支えになります。また家族や関係者はアルコール依存症への正しい理解と対応を身に付け、症状に振り回されないことも重要です。

 また、断酒をすれば問題がすべて解決するわけではありません。その人がアルコールに頼らざるを得なかった生きづらさを自覚し、それまでの生き方や価値観を見直していくことが治療であり、それによってスピリチュアルな健康を回復もしくは獲得していくのです。  本県は県民一人当たりのアルコール消費量は常に全国トップクラスです。また、繰り返される悲惨な飲酒運転事故の背景にアルコール依存症が潜んでいることを皆さんはご存じでしょうか。「酒は飲むべし飲まれるべからず」。お酒は細く長く楽しみたいものです。