ウエルフェアみやざき総合研究所

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【第6回目】食べ吐きが続く

【第6回目】

食べ吐きが続く

 

 Bさんは学校では成績も良く、友達の面倒見も良いため、皆から信頼されている女子高校生です。しかし夜になると何とも言えない強烈なむなしさに襲われ、自分は生きている価値があるのだろうか、生きていてもいいのだろうかという考えが浮かんできます。

 そんな時に何かを口にするとホッとするのです。夜中に食べるスナック菓子を買うため、学校帰りにコンビニに寄るBさん。お菓子では満足感が得られずにパン、おにぎり、弁当と買うものがエスカレートしていきます。お小遣いはすぐになくなり、夜に台所に行き、冷蔵庫の中のものを手当たり次第に食べるようになりました。食べている時はいいのですが、食べた後は気分が悪くなり、トイレで吐き出すとスッキリするのです。

 間もなく母親がその異常さに気づき、Bさんに注意をしました。異常であることはBさんにも分かっていますが、やめられないのです。「うるさい。ほっといてよ」としかBさんには答える術がありませんでした。

 Bさんは三人きょうだいの長女です。父親は専門職で、周りからは先生と呼ばれていました。母親は責任感の強い人で、いつも父親に気を使いながら、一生懸命に三人の子どもを育ててきました。特に長女であるBさんには思い入れが強く、熱心に塾や習い事に通わせていました。Bさんは感受性豊かな子でしたので、そのような母親の気持ちを察して、両親の期待を裏切らないようにとずっと頑張っていたのです。

 しかし、これが本当に自分の姿なのだろうか、本当に自分がしたいことなのだろうかと思った時に、不安と共に何とも言えない強烈なむなしさを感じたのでした。このむなしさは、ものを食べるという行為によって多少紛らわすことができ、さらに食べたものを吐くという行為によって、とりあえずは解消できたのです。しかし食べ吐きをする度にBさんは必ず後悔し、それを繰り返している自分がとても嫌いになりました。むなしさは悲しみになり、そして怒りとなって両親に向けられるようになりました。

 Bさんは次第に学校に行くことが苦痛になってきました。朝、目覚めても体が重く、学校で友人に会うのも面倒になり、ついに自分の部屋に引きこもるようになりました

 心配した両親はBさんが学校に行けるようにと励ますのですが、全く行くそぶりは見せません。母親が強く注意すると、そんな母親に対してBさんは「なぜ私を産んだのか!」と怒りをぶつけます。母親はどのように対応すればいいか分からず、学校の先生に相談をしました。先生も熱心に家庭訪問してBさんに会おうとするのですが、Bさんはかたくなに会うことを拒否します。学校からは専門家に相談することを勧められました。しかしBさんから「なぜ産んだのか!」と責められた母親は自分の育て方が悪かったと自責的になっており、第三者に相談することには強い抵抗がありました。

 こうしていつの間にか半年がたちました。その間もBさんは自分の部屋に引きこもり、家族との会話も拒否して食べ吐きを繰り返していました。

 母親がやっとの思いで第三者に相談することを決心したのは、Bさんがリストカットをしていることを知った時でした。もはや母親自身ではどうしようもないという無力を感じました。しかし相談しても何と言われるのかが不安です。「育て方が悪かった」と言われたら、母親はBさんに死んでおわびをしようとまで思い詰めていました。一人で相談に行くことはできず、夫である父親に同伴を頼んだところ、意外に快く引き受けてもらえました。

 両親が訪れたのは精神科クリニックでした。これまでの経過を話した母親は医師から責められることはなく、一生懸命にBさんを育てようとした気持ちを高く評価されました。そしてBさんのことはさておき、今は母親自身が病んでおり、援助を必要としていると告げられ、通院治療を受けることを勧められました。母親は戸惑いましたが「健康になれる人から健康になりましょう」という医師の言葉に従うことにしました。こうして、Bさんの母親の通院治療が始まりました。

 母親はカウンセリングを受けることになり、その中で自分自身のこれまでの生き方を振り返りました。母親自身が厳格な家庭の中で育ち、いつも両親に気を使いながら生活していたこと、現在、夫に対しても同じように気を使いながら生活していること、子育ても夫の期待に応えるように、家庭に波風を立てないようにと必死で頑張ってきたことなどが語られました。

 カウンセラーからは、これまで母親がしてきたことは決して間違いではなかったが、ひょっとすると頑張り過ぎていたのかもしれない、もっと力を抜いて生きてもいいのかもしれないという提案がなされました。母親がこの提案を直ちに受け入れることはできませんでしたが、定期的なカウンセリングを通してこれまでの自分自身の生き方を肯定的に受け止めながらも、もう少し楽に生きてもいいのかもしれないという感覚が母親の中に芽生え始めました。それと共に、母親のBさんへの対応も少しずつ変化していったのです。

 母親はBさんへの励ましや食べ吐き、リストカットについて叱責(しっせき)するのをやめました。Bさんも母親自身と同じように、周囲に気を使いながら頑張り過ぎていたのだと理解できたからです。幸い、母親のBさんへの対応の変化について、夫からは何一つ言われませんでした。家の中の緊張が徐々に解け、Bさんは次第に家族と話をするようになりました。

 タフ・ラブという言葉があります。子どもが食べ吐きやリストカットなどの問題を抱えた時に、見捨てることなく子どもがこの問題を解決できると信じて待つことができる、そして問題を抱えながらもそのままのあなたでも受け入れるという忍耐強い愛情です。

 Bさんの食べ吐きはまだ続いていますが、リストカットはなくなりました。Bさんが学校に復帰できるまで、もう少し時間がかかるでしょう。しかし峠は越えました。Bさんは両親のタフ・ラブを感じ、無理をしないそのままの自分でいいという自己肯定感を持ち始めたからです。